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俺 X ひきこもり

俺 X ひきこもり

俺は「ひきこもり」じゃあない! 神経症の為、働けない人だ。働いていないから家に居る時が長くなる。ただそれだけ。対人恐怖の為、人とまともな会話ができない。会話ができないから交流が できない。女性とHもした事が無い。フーゾクにもネェちゃんが恐いから行けない。一人で電車に乗るのも辛い。集団の中に入るとこころがおかしくなる。

小 生は今一人暮らし。両親を亡くした為だ。亡父が建てた家を母が亡くなった為相続したのだ。姉がいるが結婚してる。母が亡くなった直後は、悲しみとこの先ど うやって生活していけばいいのかと云う事で仏教にハマった。だが、仏教は知れば知る程神経症と云う事が分かり、小生は仏教をするのを辞めた。姉は小生に母 が亡くなった後相続した預金を使い果たし、家を売って金を食いつぶしてから相談に来いと、ものごっつうえらそうな態度と言葉で言いよった。タカツキ・ビン ラディンめ!そんなわけで小生は今、預金を取潰して生活している。

生きてゆくのが辛い! 三度の食事も辛い! 死にたい、でも恐い。自殺なんてとてもできない。だけど大丈夫。どんなに死ぬのが恐い人でもちゃあんと死んでる。誰一人例外なく死ねる。死んであの世に 行った時、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで阿弥陀如来さまが来て、極楽浄土に連れてってくれる。真言宗の高僧でも「念仏広しといえども‘南無阿弥陀仏’に 優るもの無し」と言ってる。

真言密教では「死は菩薩の境地である、観音さまの境地である」と言ってる。最新の医学でも人は死ぬときに脳内に気持ちいいフェロモンが出ると解かっている。

治らなくてもいいよ。小生も35歳。人生の半分は終わっている。余生は働かずに静かに暮らしたい。とはいえ暮らしていく中で悩みはつきものだ。小生は一人称が言えない。僕、俺、私、自分。その場、その時で使いわけるものだが、小生はなかなかできない。

ま た小生はタメ口が苦だ。きくのもきかれるのも、ジェネレーション・ギャップを感じる。20代も苦だ。混雑したバスや電車、タクシーや渋滞、夜の電車内、地 下鉄。苦・苦・苦。自分で自分に苦を集めるな! と般若心経はいう。このお経を唱えることで、苦が楽になる事を信じて唱えよ!という。

これは両親を失った心病む者にしか分からない境地かもしれない。共感してもらえないかもしれない。でも小生はこんな風になってしまった。

治京 新一 (05年7月8日更新)

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