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隣のおばさん

隣のおばさん

隣の家のおばさんが嫌だ。引っ越してきて21年になるから、僕が引きこもっていることは 知っているのだが、それだけに会うのが嫌だ。おばさんは花が好きだから、花の手入れやペットを飼っているからペットに話しかけたりする。だから、おばさん が外にいるのは、家の中にいる僕には分かるのだ。僕が出かける時はいいが、新聞を取りに出るのができない。おばさんには挨拶したりしなかったりしている。 僕がしても無視される時もある。そんなときの不快感はたまらない。

僕が今の家に引っ越してきて22年が経つ。その時は中学3年 生。この時は学校へ行ったが、高校になって登校拒否になり、一年生の7月に退学した。それ以来、今もなお「ひきこもり」である。その間、姉が結婚し、父が 亡くなり、母も亡くなりひとりぼっちになってしまった。25坪のちっぽけな家だが、ひとりで住むには広すぎる。

母が亡くなって から、隣の家のおばさんと挨拶するようになったが、なんか玄関のドアを開けるのが怖くなった。ドアを開ける前に、隣の家のおばさんが外にいるかいないか確 認するようになった。玄関の内側で耳を澄まして外の音を聞くのだ。おばさんがいても朝なら外に出られるが、休んでいる日は昼まで寝てるから、平日の昼間に 隣におばさんがいると、新聞を取りに出られない。

最初は隣のおばさんが母に「兄ちゃん、家にいるみたいやなあ」と言ったのがきっかけだった。それに対して母は「病気で働けない」と言ったそうだ。それ以来、僕はおばさんが気になり始めた。

お ばさんには孫がいるが、僕は孫が生まれる前からひきこもっていて、孫が3・4歳ぐらいの時、僕がガレージにいると、おばさんに「隣と兄ちゃん」と話しかけ ているのが聞こえた。家の中で僕のことを話していたのだ。それ以来、僕は隣のおばさんと挨拶しなくなった。それ以前は家もペットの犬を飼っていて、おばさ んもかわいがっていて犬もおばさんに懐いていたし散歩は僕の役目だったので、ひきこもっていてもおばさんには挨拶していた。でも犬の散歩はひきこもりに とって苦痛だった。同世代の高校生が帰宅時間になると、家の犬は「散歩させろー!」と鳴いていたので高校生に会うのが嫌だった。そして僕は犬を保健所に連 れて行った。かわいそうなことをした。でも仕方なかった。

今じゃあ、おばさんの孫は高校生になっている。僕はおばさんの孫の人生以上をひきこもっているかと思うと愕然とする。

母 が亡くなる前と後じゃあ、全然生活が違う。1年目と2年目とでも全然違う。1年目はあまり若者の居場所にも通わなくて、行政手続きと西国巡礼で終わった感 がある。2年目は家にいると苦しいので、居場所に通っている。心理療法にも通っている。1年目はおばさんに会っても普通に挨拶してどうもなかったのが、2 年目になって会うのが苦痛になってきた。

おばさんは僕が家にいるかどうかをガレージに停めてある僕の自転車で判断していること が、回覧板を持ってきた隣のじいさんとの会話で分かった。家の中にいる僕にも聞こえてきたのだ。それ以来、僕は自転車で毎日、雨の日も雪の日も居場所へ 通っている。おばさんに昼間、家にいると思われたくないのだ。隣のおばさんへの意地で、僕は居場所へ通っているようなもんだ。だから、朝早く出るし夜遅く 帰るのだ。

治京 新一 (05年7月8日更新)

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