情報センターISIS(イシス) 京都

鉄アレイ - “父”・”母”の喪失 -

鉄アレイ - “父”・”母”の喪失 -

2005年11月、茨城県の水戸市と土浦市で時を同じくして、19歳と28歳の若者が両親を殺害する事件が起きました。二つの事件は、無業でひきこもりがちな若者が起こした類似事件ということで、随分と世間を騒がしました。

情報センターISIS・スタッフのK君と、この事件について語り合う機会がありました。K君もひきこもっていた時に何度も頭の中では親を殺していた、と私に話してくれたことが印象的でした。なぜ、若者たちは親を殺そうとするのでしょうか。

私 は小学校4年生の時でした。母親が仕事から帰って来るなり、兄弟三人を集め、上着を脱いで右の乳房を三人に触らせました。大きなしこりが乳房にあることに 私たちは気がつきました。母は乳ガンだったのです。翌日、近所の民生委員の人が来られ、今後の僕たちの家族の身の振り方を話し合いました。僕と姉は児童福 祉施設に行くことになりました。僕たち家族がバラバラになることに対して、地域の人々は頑張るんだよと励ましてくれたことを子供心に憶えています。

一ヶ 月後、新しい受け入れ先の養護施設が決まりました。その施設はお寺の一部に作られていました。僕はそのお寺の門前に立ち、段々畑の向こうに青空が広がって いるのを見てふと思いました。「お母ちゃんが死ぬんだ」。そして、なぜか「嬉しいな」とも思いました。今でも不思議な感情です。「あの青空の向こうに行け ば僕は自由になれる」と思ったのです。半年後、手術を終えた母が僕らを迎えに来ました。だけど、母の死に対して僕が抱いた不思議な感情は、誰にも伝えず秘 密にしました。そして、新しい生活がまた始まりました。

今回のこの茨城県で起きた二つの事件は、鮮やかな記憶としてこの時の「お母ちゃんが死ぬんだ。嬉しい」そして「自由になれる」という思いを私に呼び起こしました。

こ の二人の若者にとって、家族とは何だったんでしょうか。自らの手で家族を一人一人殺すことによって、若者は何を望んだのでしょうか。かつて僕が思ったあの 「自由」を、若者もまた望んだのかと思わずにいられませんでした。父親を殺したのでもなければ母親を殺したのでもなく、「父親の役」・「母親の役」を自分 の周囲から消し去るために鉄アレイをふるったのかもしれません。自分の将来も全て抑圧されたまま、自由のない生き方に耐えられなくなったのでしょう。

20世紀初頭、ドイツの哲学者・ハイデガーは「故郷喪失の時代を迎える」と警告を発しました。その言葉を借りるとす るならば、現代は家族を解体する時代を迎えて、「母」・「父」の喪失の時代に入りつつあると言えるでしょう。社会構造の変革の中で「故郷」喪失に加え、 「母」・「父」の喪失によって、人間存在の不安が確実に増し、私たちがいかに生きるべきかを問われる社会となりつつあるのかもしれません。そして今、「ひ きこもり」の若者が増加の一途をたどる現状は、私たちの存在自体がおびやかされてることを表していると言っても過言ではないでしょう。

編集部 (05年8月5日更新)

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