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僕の原風景

僕の原風景

僕は14歳まで高知市で暮らしました。そこは、母のおかあさん(僕のおばあちゃんですね) の生まれ故郷で、僕が生まれた時に引っ越したそうです。市内とはいえ、地平線まで田んぼが続くかという片田舎で、夕暮れには空が真っ赤に染まっていたのを 憶えています。小学4年生までは、よく一人で日が暮れるまでトンボや蝶々を追いかけていました。

僕は20歳で引きこもりましたが、何年も引きこもっているうちに何故いま自分がこんな状態か考えるようになりました。どうして、こんな自分がいるのか情けなく耐えられない気持ちでした。今の自分を受け入れられない気持ちが記憶を過去へと走らせました。

最 初に浮かぶのはいつも5年生の時の記憶でした。その日の放課後、カバンを玄関に置き靴を持って戻ってみると、同級生の5人くらいの子供達が笑いながら何か をふんずけていました。まさかと思って近づいてみると、図工の時間に作った僕のオルゴールが彼らの足の下にありました。何故、彼らがそんなことをしたのか は解りません。ただ、そこに小さな悪意のようなものがあるのは、子供ながらに感じました。僕は弱々しく彼らに近づき何か言ったのですがすぐに取り囲まれそ の後、放課後帰ろうとする全校生徒の前でボコボコにされてしまいました。僕は何もすることができず、ただされるがままの状態でした。周りにはたくさんの生 徒が集まっていたのを憶えています。その後、近所の下級生の男の子に付き添われ家に帰りました。情けなく惨めな気持ちで一杯でした。ただ、その夜の記憶は 残っていません。次の日、彼らが職員室で謝っていた記憶はありますが、その後どんな気持ちで学校生活を過ごしたのかも憶えていません。

引 きこもっている時、なんとか頑張ってみようと思うと、いつもこの記憶が最初に蘇ってきました。あの日の過去を塗り替えたい気持ちで一杯でした。もし、過去 に帰れるならもう一度あの時の自分に戻って、「傷だらけになっても良いから立ち向かっていきたい、あの時から自分の人生をやり直したい、そうすれば今とは 違う人生が歩める」そう思っていました。思えば思うほど、救われない気持ちになりました。それは多分、過去の自分を許してあげてないからでしょう。過去の 自分や出来事をありのまま受け入れられた時、一歩前に踏み出して行ける気がします。

村山 真一 (05年7月8日更新)

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